風の起こし方

はるか昔に滅んだ「労り一族」の子孫 『労り人 久巫こ』 のブログ

預金残高30万の私が、五千坪の山林を購入することができた、いきさつ最終回【全8話】③

最終回③(①~⑦)

 2023年4月、穀雨がすぎて。

 私は竹林の牛舎に向かう道の草刈りをしていました。おじの虐殺行為に深く傷ついていた私は、竹林の牛舎に助けを求めていました。毒のないところで静かに過ごしたい。偽らざる私の願いでした。すると目に四葉のクローバーが飛び込んできました。よく見ると五つ葉もありました。私はそっと手折ってもち帰りました。私は虎やの羊かんの箱を開けて中の登記簿謄本をじっと見つめました。連絡を取ろう。
 私は四葉と五つ葉のクローバーに後押しされて、心に決めていた願いを行動に移すことに決めました。地主さんと連絡をとって私の思いをぶつけよう。
 私が地主のKさんと連絡を取ろうと決めた日の数日前、Kさんは山林の売却を念頭に下見に来られていました。

 運命の歯車は既に動き始めていたのです。



 私は縦書きの白い便箋と封筒を用意し、1自分が何者で、2これまで集落で何をしてきたか、3なぜ竹林の牛舎を購入したいのか、4どのように活用するのか、を簡潔にまとめ、熱い思いで締めくくりました。

 投函して数日後、見知らぬ女性から電話がかかってきました。Kと申します。品の良い奥様風の印象の声でした。Kさんですか?はい、Kの母親です。私は間違いないことを確認し、ご連絡ありがとうございます。とお礼を述べました。

 私は信じられない思いでした。登記簿に書かれている住所が変わっている可能性も十分にありますし、所在がつかめないことも念頭にありましたので、何よりも連絡を頂けたということは、当事者と交渉できるということ。私はひとまず安堵しました。

 Kさんのお母様は続けました。私も買っていただきたいという気持ちでおります。川崎さんはいくらで、とお考えですか?お安くします。と、価格の交渉をしてこられるのです。私はあまりに話が前へすすんでいくので一呼吸おき、率直に私の希望価格を伝えました。

 30万です。・・・・・・・。Kさんのお母様は絶句されたようでした。もう少しなんとかなりませんか。ちょっと困ったな、といった声になってきました。私も預金残高には30万しかないので、ない袖は振れません。んー、なんとかがんばって40万です。私はすぐには準備できないものの、何とか用意しようという気持ちで言いました。お母様はせめて50万・・・。と切ない声で言われます。その日の電話はいったん打ち切って、お母様は三日後にまた連絡します、と言われて、互いに電話を切りました。





 私は当初から竹林の牛舎だけの購入を希望していたのですが、Kさんはその奥にも山林を所有されており、全て購入してくださるのであればお売りしたい、と言われたのです。私は心の準備ができていなかったのですが、この話を前に進めたい気持ちは固かったため、わかりました、とお返事しました。

 翌日、お母様からメールが届きました。息子に相談したら○百万で買ってほしいと言っている、と言うのです。私はこれは困ったと思いました。しかしその一方で、何とかなるかもしれない、と言うあてのない自信のようなものがありました。私にお金がなくても、お金のある人に出資してもらおう。支払いは相談しよう、何とかなるかもしれない。結果は天に委ね、できる限りの交渉をしよう、と心に決めました。そして5日後、お母様の息子さんからお電話がありました

 K.Tと申します。55歳です。手紙を読ませて頂きました。お手入れありがとうございました。礼儀正しく挨拶してくださいました。母がお金のことを話したのですが、それではまとまる話もまとまらないので、私が窓口となってお話をさせていただきます、と言われました。その言葉には落ち着きと経験からくる自信が伝わってきました。

 K.Tさんは言いました。私の父は精肉業を営んでいて、当時、牛飼いをやっていた地主さん(大叔父)から牛を買っていました。父は年を取ったら牧場をやりたいという夢があって、(大叔父)から牛小屋と山林を買ったのです。

 私はなるほど、そんないきさつがあったのか、と当時の様子を想像しながらお話を伺いました。父は20年前に亡くなりました。私は精肉業は廃業し、今は飲食店を数店舗経営しています。

 そしてK.Tさんは、このように話を切り出したのです。賃貸ということで、10年でも20年でも丸ごと自由に使っていただいてけっこうですよ。賃貸契約を結びましょう。

 私は「賃貸」という言葉の本質に敏感に反応しました。私はこの言葉に、電話の向こうのK.Tさんの交渉の意図をはっきりと理解したのです。K.Tさんの思惑はこうでした。川崎さんは山林の購入に意欲はあるが、資金力がない。ならば賃貸で貸すことで、山林の手入れをしてもらって、売却先は資金力のある相手を探そう。そう感じ取れました。

 流石、実業家、経営者です。K.Tさんは私に売却する意思はありませんでした。もっとはっきり言えば、川崎さんに手入れをしてもらえれば有難い、上手く利用したい、というのが本音だったのです。K.Tさんの思惑を察知した私は、これは持久戦だ、この電話でしっかりと人間関係をつくって自分の誠意を伝えなければ、K.Tさんの思惑通りに進んでしまう。私は腹をくくりました。見えないすもうです。古代人労り人と成功したビジネスマンとの闘いです。私は一歩も引かない覚悟を決めました。



 私は契約をするのなら所有権移転、売買契約にこだわっていました。しかしK.Tさんは、売買相手として慎重な態度を取っています。山林でも農地でも、所有権を取得することと借りることは天地の差です。賃貸は耕作できることには変わり有りませんが、所有者が売却してしまえばそれまでです。長い将来の見通しを立てることはできません。数年、使えるので良いのであれば、賃借料でよいため費用面でメリットはあるかもしれません。うらを返せば、利用させてもらっているだけで土地に対する責任は求められないため、あくまでも通りすがりの人にすぎないのです。

 賃貸とは、一定期間都合よく利用したい人向けの契約のかたちです。とうてい私は承服できませんでした。

 資金力はないけれど、私にあるもの。それは、土地に対する責任感でした。

 

最終回④へつづく