風の起こし方

はるか昔に滅んだ「労り一族」の子孫 『労り人 久巫こ』 のブログ

預金残高30万の私が、五千坪の山林を購入することができた、いきさつ第5話【全8話】

第5話 竹林の牛舎に住むと決める


 暗黒期、盛夏。
 私は生い茂る笹をよけ、身をよじりながら、母の背を頼りに進んでいました。行く先は、竹林の牛舎です。かつて私の大叔父が、町の助成事業を利用して立ち上げた牛飼い業。その廃屋となった牛舎の屋根が私の自室から見ることができました。あの建物はなんだろう。行ってみたい!私は母に頼んで案内してもらいました。

 竹林に入って手前の、少し小高いところにある蔦(つた)に囲まれた大きな倉庫のような建物に、私は以前から並々ならぬ関心を寄せていました。周りは竹林に囲まれ、毒から逃れるには願ってもない場所です。やっとの思いで入口にたどり着きました。筍(たけのこ)がよく取れたと言われる場所には、太く立派な竹が天高くそびえ、日差しを遮っていました。恐る恐る中へ入るとひんやり。声が響きます。ここに牛が住んでいたんだ・・。簡素なつくりで、当時の様子がわかりました。

 二階に積まれた藁(わら)が、三十年以上たったであろう今も、何ともなっていません。一階の隅に小さな台所があり、古い家電がそのまま残っています。ぐるっと一周して、私はとても気に入りました。ひんやりと涼しく、竹のすっきりした香りがします。私は深い深呼吸をしました。ここは大丈夫だ!私はそう思いました。毒の汚染がなく安心して居られます。私はこの牛舎に引っ越しをする、そう心に決めました。

 実現するのは難しくない、なぜなら親族なので事情を説明してお願いすれば何とかなるだろう。その時私は、簡単に考えていました。しかしその後、予想外の事態が明らかになるのです。
 暫く経ってお彼岸の頃、大叔父の長女で母の従妹にあたるその女性が訪ねて来られた時、私は牛舎のことを訊いてみました。すると、もう手放しました、という答えが返ってきたのです。私は驚きとともに何とも言えない悲しみに襲われました。あの牛舎はもはや私の一族のものではない。母が大叔父の仕事場に遊びに行った記憶。集落の長老らが夜な夜な酒盛りをしたと言われた遠い思い出・・。そういった全てが消えてなくなったように感じたのです。

 私の引っ越し計画は振り出しに戻ったのです。誰もいないとはいえ、持ち主に断りなしに住むわけにはいきません。当然、タダという虫のいい話になるわけがありません。私は肩を落としました。私の焦がれた牛舎。あの空き家の牛舎。何とかならないものだろうか・・。所有者に当たってみよう。そして私の思いをぶつけてみよう。だめかもしれないが可能性に賭けてみよう。私はそう思い直し、まずは所有者に連絡を取ろうと、法務局に出向いたのです。2021年4月でした。



 私は取り寄せた登記簿を上品な虎やの羊羹の箱にしまいました。現実的な話になりますが、当たってみるとは思ったものの、私には優先して片づけなければならない問題が横たわっていました。当時の私は事情があって住民票を東京に残したままにしていました。CSを発症し、乗り物に乗れなくなり、最終的な引っ越しができないままとなっていました。手続き上まず、住民票を移さなければ、話がすんなりと進みません。私は牛小屋がなくなるわけではないし、時間がかかっても自分の準備ができてから取りかかれば良い、と気長に構えていました。

 しかし運命の砂時計はさらさらと、限られた時間という名の砂を落とし続けていたのです。


第6話 メガソーラー男との闘い へつづく