風の起こし方

はるか昔に滅んだ「労り一族」の子孫 『労り人 久巫こ』 のブログ

預金残高30万の私が、五千坪の山林を購入することができた、いきさつ最終回⑥【全8話】

最終回⑥(~⑦完結話)

 

 私がKさんに連絡を取ろうと思った数日前、Kさんは山林の売却を考えて下見に来られていました。

 その日K.Tさんは、太陽光発電業者を連れて行こうか迷ったと言います。つまりK.Tさんは太陽光発電業者へ山林を貸すか、もしくは売却するか、いずれかを視野に動き始めておられました。写真を撮ってご家族と相談されていた、正にその時、私からの手紙が舞い込んできたと言うのです。何というシンクロニシティでしょうか。ご家族で検討されているちょうどその時でしたので、連絡をとってみたらどうか、という話になったようです。

 

 

 私は打ち明け話をするように、率直にK.Tさんに自分の心情を吐露しました。集落の若者は皆、都会に出ていなくなりました。ムラを守るお年寄りも、年々カラダが動かなくなっています。このまま行けばあと数年で、耕作する人もいなくなるでしょう。私は汚染された土を元に戻すために手入れを続けてきたのですが、私たちのふる里である山が開発されることだけは、どんなことがあっても止めたいのです。ごみの焼却場ですとか、太陽光パネルですとか、キャンプ場ですとか・・、そういったことで集落が破壊されることは堪え難い苦しみです。私たちは先祖から変わらない景観で静かに暮らし、死んでゆきたいのです。太陽光発電の業者は、集落に住むわけでもありません。手入れもしてくれません。キャンプ場で人が大勢集まっても、騒々しいだけです。どうか、それだけはしないで頂きたいのです。

 私は住民として当然の権利を、はっきりと伝えました。 私は続けました。協同名義というのはどうでしょうか。私も勉強してみますが、友人に山が欲しいと言う人がいます。その人に声をかけて見たり、集落の山の地主さんに声をかけてみます。

 私は無意識ですが、K.Tさんが得意とする「契約」という土俵から、「集落を守る責任」という自分の土俵に立っていました。私は売る側、買う側という取引の相手としてではなく、古代から連綿と守り継がれてきた山を、集落の住民としてどんなことがあっても守りたい、その担い手として私に託して頂きたい、その一心でした。K.Tさんは山の所有権はもっておられましたが、事情があったにせよ、三十年何の手入れもされず、放置されたままでした。用水路を塞ぐほどの生い茂った草むらは、もはや関心のなさを表していました。一方、目と鼻の先に住む住民である私は、自分事として手入れを買って出ていました。自然の成り行きで私が引き継いでいたのです。

 私の打ち明け話は、集落の厳しい現実と住民としての切実な思いでした。K.Tさんにとっては初めて聴く住民の本音だったのかもしれません。静かに私の話を聴いてくださったK.Tさんは言いました。わかりました。川崎さんに買っていただいた方がいいような気がしますねぇ。上品な関西弁で言われました。更にK.Tさんは続けます。私も集落の景観を壊したり、住民の人に迷惑をかけたりしたくはありません。出資を募る、ということですか。わかりました。金額が決まらなければ、声もかけられないでしょうから、当初の私どもの希望価格よりどれだけ下げられるか、もう一度家族と話し合います。そう言って、第一回目の交渉は終わりました。

 チャイナの実効支配をすんでのところで止められた瞬間でした。時計の針はおよそ一時間半、経過していました。
資金調達については咄嗟に出た苦肉の策でした。地元の人間の強みを活かし、人脈によって支払いが可能である、ということをアピールしたのが功を奏しました。賃貸で話をつけようとお電話くださったK.Tさん。経営者の心を動かしたのは、前半のしみじみした打ち明け話だけではなく、後半の具体的な資金調達の段取りを提示できたことが大きな決め手になったと思います。

 私はその晩、今後の策を練りました。まずは第一関門は突破しました。売却の意思を固めてくださったことは、何よりも有難いことです。さて、次は肝心の価格です。当初からK.Tさんは、このまま(この価格)ではこの話は流れる・・、と何度も言われていました。この価格とは、私がギリギリ精一杯がんばって準備できる金額です。私は50万とお伝えしていました。K.Tさんにしてみれば、これでは話にならないということでしょう。なぜならお話によると、K.Tさんのお父様は、一千万近い金額で購入されたからです。私は腰を抜かしました。これは大おじの豪快さにK.Tさんのお父様が丸め込まれたと見て良いでしょう。息子さんのK.Tさんにとっては、全額とは言わないまでも、少しでも回収したいと願うのが人情です。

 不動産売買の経験豊富なK.Tさんによりますと、取引価格は売り手が購入した時の価格と、現在の相場価格、そして買い手の希望価格を総合的に判断したうえで決められるもの、だそうです。私は理解しました。お電話でK.Tさんは、私が母経由で提示した金額○百万円を、どこまで値引きできるか、家族で話し合いますと言われました。問題はどこまで値引きしてくださるか、です。

 私はまず、この取引は一括払いはムリ、と判断していました。なぜならば、私が最大限努力して準備できる金額は50万円、それも現在ではなくおよそ二か月後です。この時点で一括払いであれば、取引が成立しません。これを埋めてゆくには、何よりもK.Tさんに分割払いを認めてもらわなければなりません。これがまず一つ。分割であるならば、取引価格はいくらになるのか。私の見立てでは、K.Tさんは分割払いを飲んだうえで、ならば少なくともこれ以上は・・という額を決めておられるだろうと思いました。K.Tさんが最初に提示された金額は、私にとっては現実味のない、手の届かない金額でした。せめて半分にしてもらわなければ、分割であっても私の資金力が及びません。出資を募るにしても、半額から三分の二以上は私が責任を持たなければなりません。いくらまでであれば私は約束できるのか。それ以上であれば、私は更に値引き交渉するつもりでいました。私は自分の資金力を客観的に判断し、出資を募ったとしても、成功しなかった場合を想定し、ムリのない妥当な金額、そして良い数字を導き出しました。

 130万でした。新車が一台買える金額です。これまでに扱った経験のない金額でした。しかし私は、目の前のK.Tさんとのご縁は、どんなことがあっても繋ぎたい、そう心に決めていました。私にとってこの山林を手に入れることは、人生の大きな集大成のような気がしてならなかったからです。

 心の準備が整いました。

 


最終回⑦完結話へつづく